SNSでつながっている女友だちの投稿、なんとなく目に入っても反応せずにスルーしてしまうこと、ありませんか。男性の多くが実はそんな経験を持っているのですが、なかなか本人には言いづらいものですよね。でも、この「スルー」という行動には、実は深い心理が隠されているんです。
私たちは日々、SNSという窓を通じて友人たちの生活を覗き見しています。朝起きてスマホを開けば、そこには昨晩から今朝までの友人たちの投稿がずらりと並んでいる。でも、すべての投稿に同じように反応できるわけじゃないですよね。むしろ、指が止まってしまう投稿、なんとなく見て見ぬふりをしてしまう投稿があるのが現実です。
特に男性が女友だちの投稿をスルーしてしまう背景には、単なる無関心ではなく、もっと複雑な感情が絡んでいることが多いんです。それは時に戸惑いであり、時には疲労感であり、またある時には「どう反応すればいいかわからない」という困惑だったりします。
まず考えてみたいのが、いわゆる「自慢系」の投稿についてです。高級レストランでの食事、新しく買った高価なブランド品、華やかなパーティーの写真。こういった投稿を目にした時、男性の多くは微妙な気持ちになってしまうんですよね。
たとえば、ある三十代の会社員の男性は、こんな経験を語ってくれました。仲の良かった女友だちが、ある時期から頻繁に高級フレンチレストランの写真を投稿するようになったそうです。最初の一回目は素直に「いいね」を押して、「美味しそうだね」とコメントも残したといいます。でも、それが週に二回、三回と続くようになると、だんだんと反応するのが億劫になってきたんだそうです。
「またか」という感覚が芽生えてきて、次第にその投稿を見ても指が止まるようになってしまった。別に嫉妬しているわけでもなければ、友人の幸せを妬んでいるわけでもない。ただ、毎回同じような反応を求められているような気がして、なんとなく疲れてしまったんだといいます。
この話を聞いて、私は思ったんです。SNSでの「自慢」って、実はとても難しいバランスの上に成り立っているんだなって。投稿する側は、自分の喜びや充実した瞬間をシェアしたいという純粋な気持ちから投稿しているのかもしれません。でも、それを受け取る側は、頻度や内容によって全く違う印象を持ってしまう。
興味深いのは、男性と女性でこの「自慢」に対する受け取り方が違うという点です。女友だち同士なら「すごい!どこのお店?」「素敵!今度連れて行って!」といった盛り上がりを見せることもあるでしょう。でも男性の場合、そういった華やかな世界に対して、どう反応すればいいのか戸惑ってしまうことが多いようです。
単純に興味がないというわけではなく、むしろ「自分にはそのコミュニケーションのルールがわからない」という感覚に近いのかもしれません。褒めるべきなのか、質問すべきなのか、それとも共感すべきなのか。そんな迷いの末に、結局何も反応せずにスルーしてしまう、というパターンが生まれるわけです。
次に考えたいのが、日常の何気ないつぶやき系の投稿です。「今日は寒いね」「電車、めっちゃ混んでる」「お昼ご飯、何食べようかな」といった、特に結論も意味もない投稿。これらも男性がスルーしがちな投稿の代表格なんです。
二十代後半の男性は、こんな話をしてくれました。学生時代から仲の良かった女友だちがいて、その人のSNSは完全に「個人的な日記」になっているんだそうです。朝起きた時の気分から、通勤中の出来事、ランチのメニュー、夕方の疲れた気持ち、夜のテレビ番組の感想まで、一日に十件近くも投稿することがある。
最初のうちは、友人として「そうだね」とか「わかる」といった反応をしていたそうです。でも、それが毎日続くと、さすがに返信する気力が尽きてしまったといいます。「この人は返信を期待しているのか、それとも独り言なのか」という疑問も湧いてきて、結局スルーするようになってしまったんだとか。
この話を聞いて私が感じたのは、SNSにおける「つぶやき」の性質についてです。元々、SNSというプラットフォームは「今、何してる?」という質問から始まったものも多く、日常の些細な瞬間をシェアすることが想定されていました。でも、それを受け取る側が全ての投稿に反応することは、現実的には不可能なんですよね。
男性の場合、特にこういった日常のつぶやきに対して「何か意味のある返信をしなければ」というプレッシャーを感じることがあるようです。女性同士なら「わかる〜」「それな!」といった軽い共感だけでコミュニケーションが成立することもあるでしょう。でも男性は、もう少し具体的な内容や解決策を提示しなければいけないような気がして、結局何も言えなくなってしまう。
しかも、日常のつぶやきって、本当に返信が必要なのか判断しづらいんですよね。「寒い」という投稿に「確かに寒いね」と返すのも何だか変な感じがするし、かといって無視するのも冷たい気がする。そんな微妙なラインの投稿が続くと、男性は次第に反応しなくなってしまうんです。
そして、おそらく最も男性がスルーしてしまいがちなのが、ネガティブな感情を含んだ投稿や愚痴です。「仕事が辛すぎる」「なんで私ばっかり」「もう疲れた」といった投稿は、見る側にも重い気持ちを運んできます。
三十代前半の男性は、かつて親しくしていた女友だちとの関係が、SNSを通じて変わってしまった経験を話してくれました。その友人は、ある時期から頻繁に仕事の愚痴や人間関係の不満をSNSに投稿するようになったそうです。
最初は心配して「大丈夫?」「何かあった?」といったメッセージを送っていたといいます。でも、それに対する返事は、さらなる愚痴だったり、延々と続く不満の吐露だったり。気づけば、その男性自身も精神的に疲れてしまうようになったんだそうです。
「この人を元気づけなきゃ」という責任感と、「でも自分にはどうすることもできない」という無力感の間で板挟みになってしまった。結果として、その友人の投稿を見ても、自分の心を守るためにスルーするようになってしまったといいます。今でもその選択が正しかったのか、時々考えてしまうそうです。
この話には、SNSでの感情表現の難しさが凝縮されていると思います。投稿する側は、辛い気持ちを吐き出したい、誰かに理解してほしいという純粋な気持ちから投稿しているのでしょう。でも、それを受け取る側は、どこまで踏み込んでいいのか、どんな言葉をかければいいのか、悩んでしまうんです。
特に男性は、問題解決型の思考を持つことが多いと言われています。誰かが悩みを打ち明けると、つい「こうすればいいんじゃない?」と解決策を提示したくなってしまう。でも、SNSで愚痴を投稿している人の多くは、必ずしも解決策を求めているわけじゃない。ただ聞いてほしい、共感してほしいだけなのかもしれません。
このギャップが、男性を困惑させ、結果としてスルーという選択につながってしまうんですね。「下手に反応して余計なことを言ってしまうより、何も言わない方がいいかもしれない」という思考が働いてしまうわけです。
ここまで三つのパターンについて見てきましたが、共通しているのは「コミュニケーションの難しさ」という点です。SNSは便利で手軽なツールだけれど、だからこそ微妙なニュアンスが伝わりにくく、相手の真意を測りかねることがあるんですよね。
投稿する側は、友人に見てもらいたい、反応してもらいたいという気持ちから投稿している。でも、見る側には見る側の事情があって、すべての投稿に反応できるわけじゃない。そして、男性と女性ではコミュニケーションのスタイルが違うこともあって、すれ違いが生まれやすいんです。
もう一つ興味深いのは、スルーする側の男性たちの多くが、実は罪悪感や申し訳なさを感じているという点です。「反応してあげた方がいいんだろうな」「でもどう反応すればいいかわからない」「結局スルーしてしまって、友人に冷たいと思われていないだろうか」といった葛藤を抱えているんです。
二十代の男性は、こんなことを話してくれました。女友だちの投稿をスルーしてしまった後、その友人と実際に会った時、なんとなく気まずい雰囲気を感じることがあるそうです。相手は何も言わないけれど、「SNS見てくれてる?」というような雰囲気を感じ取ってしまう。でも、「見てるよ」と言ってしまうと、「じゃあなんで反応してくれないの?」という話になりそうで怖い。そんな微妙な空気が、SNS以外の関係性にも影響を与えてしまうことがあるんだそうです。
では、どうすればこういったすれ違いを減らせるのでしょうか。完璧な答えがあるわけではありませんが、いくつかのヒントはありそうです。
投稿する側としては、自分の投稿が相手にどう受け取られるかを少し意識してみるのもいいかもしれません。すべての投稿に反応を期待するのではなく、「見てくれている人がいればラッキー」くらいの軽い気持ちで投稿する。あるいは、本当に反応が欲しい時は、全体公開ではなく個別にメッセージを送るといった使い分けをするのも一つの方法です。
一方、見る側の男性としては、すべての投稿に反応しなければいけないというプレッシャーから自分を解放することも大切かもしれません。SNSは義務ではなく、コミュニケーションの一つの手段に過ぎないのですから。反応できる時に、自然な形で反応すればいい。それだけで十分なんです。
また、スルーしてしまった投稿があっても、実際に会った時に「この前の投稿見たよ」と一言添えるだけで、相手は「ちゃんと見てくれていたんだ」と安心するかもしれません。SNS上での反応がすべてではない、リアルなコミュニケーションの方が大切だということを、お互いに思い出すことも必要なのかもしれませんね。
興味深いことに、最近では「SNS疲れ」という言葉も聞かれるようになりました。常に誰かの投稿をチェックし、反応し、自分も投稿し続けなければいけないというプレッシャーが、現代人の新たなストレスになっているんです。男性が女友だちの投稿をスルーしてしまうのも、ある意味でこのSNS疲れの一つの表れなのかもしれません。
四十代の男性は、こんな視点を教えてくれました。若い頃はSNSでのやり取りに一生懸命だったけれど、年齢を重ねるにつれて、本当に大切な人間関係は何かということを考えるようになったそうです。SNSでの「いいね」の数よりも、実際に会って話をする時間の方がずっと価値がある。そう気づいてからは、SNS上での反応にあまりこだわらなくなったといいます。
もちろん、それで友人関係が希薄になったわけではない。むしろ、SNSに縛られない、もっと自由で自然な関係性を築けるようになったと感じているそうです。週末に「久しぶりに会おうよ」と連絡を取り合い、実際に顔を合わせて近況を報告し合う。そんな関係の方が、よほど健全で心地いいと話していました。
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